2011/12/31(土)

●もう、何もかもおしまいだ。




今日は、今年最後の日。

なんとか無事におわったぜ。

ぜぇぜぇ。。はぁはぁ。。


今年──。

本当に、本当に、本当に、
いろんなことがあった。


仕事もなかなか大変だったけど、
本当に大変だったのは、プライベート。

まず、7月に結婚すると同時に家を建てた。

仕事が忙しい中で、結婚準備をしつつ、
家の事を決めていくのは、自殺行為に等しかった。

決めなければならない事が一向に減らない。
いや、むしろ増え続けていく。

あまりにも苦しくて、発狂しかけた。
んきゃー!!


それから、9月──。

あの日の出来事は、生涯忘れないと思う。

仕事をしていたら、嫁からメールが来た。

「電話できるときある?」というメールだった。


その日の前日──。

大きなケンカをした。

理由は覚えていない。

些細なことだったように思う。

大抵のケンカは、その日中に徹底的に話をし、解決する。

それでもその日のケンカは、解決まで至ることができず、尾を引いた。


そんな事があった次の日だったから、「電話できるときある?」というメールが来た時、ドキッとした。

ケンカのことで、悩ませてしまったんじゃないだろうか。思い詰めてしまったんじゃないだろうか。


そんなことを考えながら、昼の休憩中に電話をかけた。すると、まったく予想していなかったことを言われた。

「いま病院にいるんだけどね。できたみたい」


9月22日。あの日の感動は忘れられない。

昼食から戻った後、同僚に「帰ります」と告げ、家に帰った。

帰りの電車、涙が止まらなかった。


がんばろう。

仕事も家事もがんばろう。

もっとがんばって、嫁の負担をできるかぎり減らそう。

嫁と子供の人生を、守っていこう。


頭の中で、ぐるぐる、ぐるぐると、そんなことを考えていた。


それからは、本当に大変な毎日だった。


妊娠を経験したことのあるすべての人へ。

あんたはえらい!

そう叫びたくなるほど、妊娠というのは大変なんだということを、思い知らされた。


まず、妊娠が発覚していきなり、「妊娠した! わーい!」とはなれない。

嫁の場合、気づいたのが早かったせいか、子宮内妊娠か子宮外妊娠か、その日の検査ではわからなかった。

妊娠したのは確実だけど、本当に産めるかどうかは、まだわからない。

とても、もどかしかった。


次の週、検査に行ったところ、無事に子宮内妊娠だということが分かりホッとしたのも束の間、子宮内に出血があることがわかった。

「このままだと流産の危険性があります。だから、絶対安静にしてください」と言われた。


その日から、嫁をできるかぎり動かさないようにする生活が始まった。

寝室ではなく、リビングに布団を敷き、そこで寝る生活。

一日中寝て、毎日安静にしていたのに、なかなか出血は止まらなかった。

そして少しずつ、少しずつ、つわりがひどくなっていった。


家の母もすごく協力してくれた。しかし、嫁にとってはそれがプレッシャーにもなった。

嫁は良く、「私はみんなに迷惑をかけてるだけだ」と言っていた。


そしてある日、それが限界に達した。

嫁に「もう私、実家に帰る」と言われた。

仕事で疲れて帰ってくる俺を癒すこともできず、ただひたすら寝ていることしかできない無力感と申し訳なさとで苦しいから、しばらく実家に帰りたい、と。

あの時、俺はそれに反対した。

悔しかった。


嫁と子供を守りたい。

俺も、同じ苦しさを背負いたい。

お腹の中にいるその子は、俺の子でもあるんだ。

だから、苦しい気持ちも一緒に乗り越えていきたい。

そんな気持ちでいっぱいだった。


だから俺は、反対した。

「その苦しさを一緒に背負わせてほしい」と話した。


その日からは、本当にがんばった。

俺は一人暮らしをしたことがない。

だから、家事のスキルが極端に低い。

そんな俺が、掃除や洗濯、料理をやった。

その頃、嫁のつわりはピークを迎えた。


つわりの症状というのは、不思議なことだらけだ。

嫁は、毎日毎日、ひたすら吐きつづけた。

そして、食べられるものがどんどん減っていった。

大好きだったはずの白飯が食べられない。

水が飲めない。

油物全般ダメだけど、なぜかフライドポテトはいける。

そして、『アイスの実』もいける。

牛肉や豚肉はダメだけど、鳥肉は比較的いける。

俺は、鳥肉と白菜を煮込み、ポン酢につけて食べるという料理ばかりを、毎日のように、作り続けた。


しばらくして、嫁はそれすらも食べられなくなった。

その頃、毎日のように点滴を受けていた。


それからある日、トイレの時に、水が出た。

まさか破水してしまったんじゃないか、とすぐに病院に行った。

結果、破水はしていなかった。その代わり、「赤ちゃんにむくみがあり、ダウン症の可能性がある」と言われた。


ダウン症──。

聞き慣れないその言葉を理解することができず、家に帰ってから調べた。

簡単に言うと、染色体異常により障害を持った子供が生まれてくるかもしれない、ということらしい。

それをハッキリさせるためには、羊水検査という検査を受ける必要がある。

ただし、数百人に1人程度は羊水検査をしたことによる副作用から流産を引き起こしてしまう可能性があるとのこと。

決断を迫られた。

実家の両親と俺と嫁で家族会議を開いた。

うちの父親の意見はこうだった。

「障害のある子供を育てていくっていうのは、本当に大変なことだと思う。だから、もし障害を持った子供なんだとしたら、俺は堕ろしたほうがいいと思う。お前たちはまだまだ若い。未来がある。だから、感傷的にならず、冷静にゆっくり少しずつ進んでいこう」

俺は、決められなかった。

決めることができなかった。

せっかくできた自分の子供を堕ろす。

そんなことは考えたくもなかった。


だから、俺はこう言った。

「とりあえず、羊水検査をしよう。白黒はっきりさせよう」


検査の副作用による流産のおそれがある羊水検査。

それでも、その検査を受けないわけにはいかなかった。


12月12日──。

その日は嫁の誕生日だった。

嫁の誕生日に、羊水検査をすることになった。

検査の内容は、無麻酔で子宮まで注射針を通し、羊水を抜き取る。そして、その羊水を検査するというものだ。

「この検査が原因で流産したとしても、何の責任も問いません」というような書類にサインをした。

ちなみに検査の費用は約7万円だった。


検査は意外なほど、あっさりと終わった。

「これが羊水ですよ」と、注射によって抜き取られた羊水を見せられた。おしっこのように黄色い色だった。

40分ほどベッドで経過を見て、その後、エコー検査で赤ん坊の様子を見た。

何度か嫁を産婦人科に連れて行ってはいたものの、いつも外で待たされていたので、実際の赤ん坊の様子をエコーで見たのは、それが初めてのことだ。

手が動いてる……!

心臓が動いてる……!


感動したというよりも、俺はこわかった。

直視することができなかった。

それは、もし染色体異常の子供だった場合に、俺がくだす結論が「堕ろす」という選択肢かもしれないからだった。

何やら、うしろめたくて、もどかしくて、直視できなかった。

なんとか、産んであげたい。

だって、もうこの子は生きてるじゃないか。

こんなに一生懸命、動いてるじゃないか。

強く、強く、そう感じた。

羊水検査の結果が出るのは、12月28日ということだった。


検査をした次の日、仕事からの帰り、終電に乗っていると、嫁から電話がかかってきた。

「大量に血が出て、私、どうしたらいいのか……」

嫁は泣いていた。


もう、何もかもおしまいだ。


検査の副作用で、子宮から血が出てしまったに違いない。


ジェットコースターに乗ったあとみたいに、アルコールを大量に摂取したときのように、三半規管がおかしくなり、世界がまわった。


もう、何もかもおしまいだ。

そう思った。


でも、俺の考えは間違っていた。

血が出たのは、口からだった。

「それなら……!」


地元の駅まではあと4駅。

もどかしくて俺はすぐに、実家の母親に電話をした。

「嫁の口から出血があったから、様子を見てきてほしい!」


地元の駅に着くと、家まで全力で走った。


嫁はまだ泣いていた。


俺は、こう言った。

「きっと大丈夫。きっと食道炎にちがいない。毎日、吐いてたから、食道炎になったんだ」

そして、湯たんぽで嫁のお腹を温めつつ、ネットで、「つわり中の妊婦が血を吐くというのは、良くあること」という記事を見つけ、心から安心した。

「ほら、この記事にも書いてある。あんまり吐血が続くようならお医者さんに見てもらいましょう、だって。きっと大丈夫。検査の副作用じゃないよ」

嫁は泣きながら、「うん、きっと大丈夫だね……」と言った。

うちの母親も泣いていた。


それから、12月28日まで長かった。

仕事が忙しく、ほぼ毎日終電という生活をしていたのが、ありがたかった。

忙しい生活の中では、余計なことは考えなくて済む。

頼まれた仕事は、ひとつも断らなかった。

そして、運命の日はやってきた。


12月28日──。

そわそわして、ドキドキして、不安で仕方がなかった。

「検査の結果が良くなかったら……」と、悪い結果ばかりが頭に浮かぶ。

だから俺は、バラエティ番組の「しゃべくり007」を見ながら、パソコンでゲームをやり、気を紛らわせた。


嫁は笑っていなかった。嫁の視線は遠くを見ていた。

俺は、優しい言葉をかけることができなかった。

「きっと大丈夫だよ」などと、きれいごとを言うような余裕もなかった。

ふたりとも、不安で仕方がなかった。


それから、病院に行った。

20分も早めに着いてしまったから、待ち時間がとても長く感じられた。

しばらく経ち、「山内さん」と呼ばれ、俺と嫁は診察室の中に入った。


「じゃあベッドに横になってください」

嫁はベッドに寝かされ、エコー検査が始まった。


俺は、画面をほとんど見ていなかった。

気が気じゃなかった。

羊水検査の結果を、羊水検査の結果をはやく教えてくれ!

そんな気持ちでいっぱいだった。


エコー検査が終わると、先生はこう言った。

「えーっとですね、羊水検査の結果は正常でした」


え?

今、なんて?

正常? 異常? 正常?

……正常!?


嫁の顔を見た。

嫁が「そうですか……!」と言い、泣きながら喜んでいる。

再び、先生の顔を見た。

「えぇ、染色体異常ではありませんでした」


あぁ……、大丈夫だったんだ。

帰り道、事情を話していた同僚にメールを送りながら、この数ヶ月にあった色んなことを思い出していた。


子宮内妊娠か子宮外妊娠かわからなかったこと。

嫁の子宮から出血があったこと。

つわりがひどく点滴を受けていた頃、仕事の忙しさから思うように家事ができなかったこと。

リスクのある羊水検査を受けるべきかどうか、悩んだこと。

羊水検査を受けた次の日に吐血があったこと。

検査の結果が出るまでずっと──。

その間、ずっと抱えていたのは、不安な気持ちだった。


初めての妊娠というのは、本当に不安なことだらけだ。

だから、今、心からこう思う。

妊娠を経験したことのあるすべての人へ。

あんたはえらい!