2009/01/31(土)

●再始動

バンドからベースが卒業した。沖縄で暮らすのが夢だった彼は、目標としていたお金を貯め、ついに沖縄に旅出って行く。

最終出勤日、彼からメールが来た。「山内さん主催で、中川家13合宿in沖縄の開催をぜひ」という内容だった。

今年なのか、来年になるのか分からないけど、夏にみんなで沖縄に行けたらいいね。

バンドの方は、再び動き出そうとしてる。キーボードが新たに加わり、今までのキーボードがベースにまわる予定。

オリジナルをやりたいという声もあり、色々これから始まっていく。

2009/01/30(金)

●『声フェチ』

「なにフェチ?」という質問に毎回必ず決まって答える答え。それが「声フェチ」。

自分は声が好きだ。特に好きなのは高くてか細くてちょっと震えるような声。なんか不安げで心配になるような声。

前に友達に話したフェチの順は、声、照れ、かわいい仕草、顔、足の順だったかな。

ちょっとマニアックな日記だったね(笑)

●研究者

大学の頃、ゼミの教授に大学院に行くことを進められた。あのとき、研究者になるか技術者になるかでかなり悩んだ。1年留年して真剣に悩んだあげく、最終的に選んだのは、技術者になる道。

それが正解だったのかどうかは分からない。ただ、もし今の道を選んでいなかったらめぐりあうことのなかった人がいる。そう考えたら、今までの道すべてが正しかったような気がする。

今日、そんな風に偶然めぐりあった友達とダーツバーでバカみたいに笑いながら、今までの人生と、一緒に笑いあえる人がいるありがたみに感謝した。

2009/01/28(水)

●癖

小さいころ、自分には顔をくしゃっとする癖があった。なぜそんなことをしていたのか、今となっては分からない。ただ、その癖はなかなか消えなかった。

やっちゃだめ、やっちゃだめと気をつけていても、ついつい顔をくしゃっとしてしまう。そして、「おーちゃん、また変な顔しとるー!」とからかわれる。ちなみにおーちゃんってのは幼稚園ぐらいまでのあだ名ね。

いつ消えたのかはわからない。ただ、気がついたら顔をくしゃっとする癖はなくなっていた。

2009/01/27(火)

●記憶

「今までで一番うれしかったことはなんですか?」

もしもそんな質問をされたとしたら、自分が返す答えはきっとこう。

「わかりません」

2009/01/26(月)

●からまわり

気持ちがたまにからまわりすることがある。

心の中からカラカラカラカラと乾いた音が聞こえる。

そういうときは大抵焦ってる。

仕事に追われたとき、予定より作業が遅れたとき、今の自分に違和感を感じたとき。

そんなときはとりあえず、ただがむしゃらにあがいてみる。そして、その焦燥感の原因が無くなった瞬間、無性にさみしい気持ちになる。余裕のない自分がみじめになるからだ。

そんなときは、「そんなに焦らなくても大丈夫」って、自分自身を許してやる。

そうすると肩の力がフッと抜けて、楽になる。

理想主義の人間は、たまにとてつもなく重い荷物を背負ったまま、全力疾走してしまうことがある。

●お城

18年ぶりぐらいに名古屋城に行った。あんまり懐かしい!って感じもなく、あ、お城だって感じだった。けど仲のいい友達と行ったので、楽しかった。

夜ご飯中、友達が「人は何でこんなに悩むのかなぁ」って言ってたのが印象的だった。

まぁ人は理想と現実を比べてしまう生き物だからね。もっとこうだったらいいのにーって。

理想と現実がひとつになった瞬間、人は幸せを手にすることができるんだろうか。それには、理想を押し下げるのか? それとも現実を引き上げるのか?

2009/01/24(土)

●絵

カレー

時々、絵が描きたくなる。描くための道具はなんでもいい。鉛筆でもクレヨンでも、パソコンに入ってる「ペイント」だって構わない。

本格的な絵じゃなくて、ラクガキ程度の絵をテキトーに描くのが好き。

一番好きなのが、前に先輩に教えてもらった「絵しりとり」っていう遊び。まず自分が描いた絵を相手に見せ、「何を描いたか」を相手があてる。そしたら今度は、相手がその最後の文字から始まる絵を描く、というシンプルな遊び。

今日はカレーを作ったので、カレーの具材を絵にしてみた。カレーはいいね。簡単でおいしい。

●生まれてからの記憶

自分が生まれてからの記憶でたまに思い出すのが、小学1年生の頃の友達、多田くんとの思い出だ。

多田くんは口がちょっととがってたんだけど、すごく優しくておっとりして、真面目なやつだった。

ある日掃除の時間中、悪ガキの河野くんが掃除をサボって、先生に叱られた。その時に引き合いに出されたのが多田くんだった。

先生は「ちょっと河野くん! そんな口をとがらしたってダメ。多田くんを見てみなさい」と言った。

その時、全員の視線が多田くんに注がれた。いつも通り口をとがらせて、黙々と掃除をする多田くん。

そして3秒程の沈黙の後、みんなの視線に気づいた多田くんはみんなの顔を見て、「え?」と言った。

そしてまた、3秒程の沈黙があった後、あの悪ガキの河野くんは、「ごめんなさい」と言った。

河野くんは意外に大人だった。あの時のごめんなさいは、その後聞いたどんなごめんなさいよりも深かった。

2009/01/23(金)

●犬

小学2年まで、名古屋に住んでいた。名古屋城の近くにあるアパート。集合住宅だったため、同じアパートには友達がたくさんいた。

小学2年のとき、今の場所に引っ越した。友達が一人もいない場所に引っ越すのは、寂しかった。

それから犬を飼いはじめた。保健所でもらってきた茶色い雑種の犬。

まず、名前を決めようということになった。自分は当時大好きだったアニメに出てくる犬の名前、「カピ」っていう名前を推してたんだけど、学校から帰ってくるといつの間にか名前は決まっていた。「タロ」という名前だった。

タロとは毎日のように一緒に遊んだ。タロと遊ぶのは、楽しかった。

タロは良く脱走をした。タロを捕まえるには、追いかけてはダメだった。追いかけると、警戒したタロは逃げる。逆にこっちが逃げようとすると、タロは懸命に追いかけてくる。追いかけてくるタロをつかまえるのはたやすいことだった。

中学、高校と進むにつれ、タロと遊ぶことは日に日に少なくなっていった。

そして大学生になったとき、タロは明らかに衰弱していた。ある日、タロはご飯を食べなくなった。ぐったりと横たわり、うっすらと目を開けていた。

タロがいることが当たり前だと思っていた。タロがいなくなってしまうなんて、考えもしなかった。ぐったりと横になったタロの口元にエサを持っていっても、一向に何も食べようとしない。「きっと体調が悪いだけだよね」。姉が不安げに、祈るようにそう呟いた。

ためしに口元にミルクを流し込んでみると、かろうじて下を動かしタロはミルクをなめた。父親が、「はじめからこうしてやれば良かったな。きっと、これを飲めば元気になるからな」、タロの耳元でそうささやいた。それが7月6日のことだった。

明くる日、7月7日にタロは死んだ。生き物が死ぬということを、本当の意味で実感したのはあの日だ。

軍手をした手で、固くなったタロを持ち上げる。そこにあるのは昨日までの体温があった柔らかい毛をまとったタロではなく、ただのモノだった。それぐらいタロの体は固くなっていた。あまりの衝撃に何も考えることができず、ただその場で立ち尽くした。意味が分からなかった。

その日、大学の授業を抜け出して、トイレで泣いた。もっと大切にしてやることはできなかったのか、もっと一緒の時間を過ごせたんじゃないのか。そう自分を責めた。

もし、過去の自分に何か伝えることができるのなら、きつく叱りつけてやりたい。「もっと周りの人、もの、動物を大切にしろ。いつかきっと後悔するから」、と。

でもそれは、今からだってきっと遅くないよね。