●犬
小学2年まで、名古屋に住んでいた。名古屋城の近くにあるアパート。集合住宅だったため、同じアパートには友達がたくさんいた。
小学2年のとき、今の場所に引っ越した。友達が一人もいない場所に引っ越すのは、寂しかった。
それから犬を飼いはじめた。保健所でもらってきた茶色い雑種の犬。
まず、名前を決めようということになった。自分は当時大好きだったアニメに出てくる犬の名前、「カピ」っていう名前を推してたんだけど、学校から帰ってくるといつの間にか名前は決まっていた。「タロ」という名前だった。
タロとは毎日のように一緒に遊んだ。タロと遊ぶのは、楽しかった。
タロは良く脱走をした。タロを捕まえるには、追いかけてはダメだった。追いかけると、警戒したタロは逃げる。逆にこっちが逃げようとすると、タロは懸命に追いかけてくる。追いかけてくるタロをつかまえるのはたやすいことだった。
中学、高校と進むにつれ、タロと遊ぶことは日に日に少なくなっていった。
そして大学生になったとき、タロは明らかに衰弱していた。ある日、タロはご飯を食べなくなった。ぐったりと横たわり、うっすらと目を開けていた。
タロがいることが当たり前だと思っていた。タロがいなくなってしまうなんて、考えもしなかった。ぐったりと横になったタロの口元にエサを持っていっても、一向に何も食べようとしない。「きっと体調が悪いだけだよね」。姉が不安げに、祈るようにそう呟いた。
ためしに口元にミルクを流し込んでみると、かろうじて下を動かしタロはミルクをなめた。父親が、「はじめからこうしてやれば良かったな。きっと、これを飲めば元気になるからな」、タロの耳元でそうささやいた。それが7月6日のことだった。
明くる日、7月7日にタロは死んだ。生き物が死ぬということを、本当の意味で実感したのはあの日だ。
軍手をした手で、固くなったタロを持ち上げる。そこにあるのは昨日までの体温があった柔らかい毛をまとったタロではなく、ただのモノだった。それぐらいタロの体は固くなっていた。あまりの衝撃に何も考えることができず、ただその場で立ち尽くした。意味が分からなかった。
その日、大学の授業を抜け出して、トイレで泣いた。もっと大切にしてやることはできなかったのか、もっと一緒の時間を過ごせたんじゃないのか。そう自分を責めた。
もし、過去の自分に何か伝えることができるのなら、きつく叱りつけてやりたい。「もっと周りの人、もの、動物を大切にしろ。いつかきっと後悔するから」、と。
でもそれは、今からだってきっと遅くないよね。