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2009/02/05(木)

ソフト開発に夢中になった頃

あんまり人に話したことがないけど、自分がソフト開発に夢中になった頃の話。

大学1年の頃、自分は病んでいた。軽い人間不信に陥っていた。

原因ははっきりしていた。それは自分が嘘をついていたからだ。

話はもう少しさかのぼって、高校3年の夏。みんなが大学受験に向け、焦りだした。

自分が通っていた高校は進学校で、3年の夏の学校祭が終わると、みんなが大学受験に向けて一斉に勉強をし始める。自分も例外ではなく、焦る気持ちを抱えながら勉強を始めた。

それまで全く勉強をしてこなかった為、自分の成績は最悪。320人いる学年全体の中で310番目、という成績だった。何度も赤点を取り、これを落としたら留年というような試験も受けた。

担任の教師にも見放された。親との三者面談で、「彼は大学に行ければそれでじゅうぶんです」的なことまで言われた。

ただ、それではあまりにも悔しかったので、進路希望の紙に国立大学の名前を書いた。

そんなわけで自分も、大学受験に向け人並みに焦っていたわけだ。

そんな頃だった。ある日、高校を中退した友人が家に遊びに来た。彼とは小学2年生の頃からの付き合いで、同じ小学校、同じ中学校、同じ高校に通った。

彼は、体臭のことで悩んでいた。用件はこうだ。
「自分じゃ自分のニオイが分からんから、ニオイを嗅いで確かめてほしい」

試しにニオイを嗅いでみた。
「たしかにくさい」
自分はそう言った。
ショックを受けるかと思った彼の返答は、意外にも「ありがとう」という言葉だった。

それから、彼は、毎日のように家に来た。
「今日はちょっとマシな気がするんだけど、どうだろう」
そんな日々の繰り返しだった。

日を数えるにつれ、自分の焦りと苛立ちは頂点に達していた。心に余裕のない状態で人に依存されることが、こんなにも苦しいんだということを思い知った。ただ、その時自分が選んだ答えは『我慢すること』だった。

そうして焦りと苛立ちを隠しながら、毎日のように彼と会い、必死の思いで勉強をした。

そして、目標としていた国立大学に受かった。彼も東北地方にある大学に受かった。彼を見捨てなかったこと、そして勉強をやり抜いたことに達成感でいっぱいだった。

そして大学に通い始めた。新しい生活にワクワクしながら、軽音部をのぞいてみたりした。

それから何日かして、ニオイのことで悩んでいた友人から連絡があった。

「やっぱりニオイのことを克服できないから、1年間休学することにした」

そして、彼は東北から実家に帰ってきた。また高校3年の頃と同じ生活が始まった。

それからは毎日が我慢の連続だった。苦しくて仕方がなくても、ただひたすら我慢をし続けた。

『もし自分が見捨ててしまったら、彼は一体どうなってしまうんだろう』。そんな気持ちから、自分の限界を明らかに超えていたのに、それでもなお我慢を選び続けた。

そして大学1年の秋。ついに本当の限界が来た。自分勝手で、明らかに自分のことを利用しようとしか考えていない彼の行動にどうしようもなく腹が立った。

「帰ってくれ!!」
気がつくとそう叫んでいた。
「やっぱり負担だった?」
そう聞く彼に、何も返事を返すことができなかった。

そして、彼とは連絡を取らなくなった。自分は、大学に通い続けた。

それから、同じような事件が2度あった。過度の依存を受けては、その負担に苦しくなった。

自分自身に非があるなどと考える余裕はなく、ただ人と関わることが恐くなった。そして、人を遠ざけるようになった。

もともとが寂しがり屋なので、人との関わりを避けた生活は苦しかった。『大学なんて辞めてしまいたい』。何度もそう考えた。

そして大学3年になり、ゼミに入った。なるべく人数の少なそうなゼミを選んだ。それが、パソコンを使った研究をするというゼミだった。同じゼミには自分を含めて4人しかおらず、研究するテーマは学生に任されていた。

自分は『プログラム』を研究をすることにした。経済学部に通っていた自分は、プログラムについては完全にど素人だった。

それからはひたすらプログラムにのめりこんだ。ゲームを作ったり、実用的なソフトを作ったりしながら、ただソフトを作り続けた。ソフトを作るのは本当に楽しく、大学3年の夏休みはほとんど毎日ソフトを作り続けた。

ある日、作ったソフトをウェブ上で公開してみることにした。ウェブ上で公開したソフトは日に日に注目されるようになり、雑誌やネット上で取り上げられた。

そして、いつの間にか人と関わる恐怖心は消えていた。「嫌われたならしょうがないや」という余裕と自信を持つことができた。

ソフト開発と出会ったこと。それは自分にとって、きっと運命の交差点だったんだと思う。

それから……。体臭のことで悩んでいた彼とは再開を果たしたが、彼はとても強くなっていた。今では年に1度だけ会っている。

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