●勿忘草(ワスレナグサ)
中世ドイツの悲恋伝説。昔、騎士ルドルフは、ドナウ川の岸辺に咲くこの花を、恋人ベルタのために摘もうと岸を降りたが、誤って川の流れに飲まれてしまう。ルドルフは最後の力を尽くして花を岸に投げ、「Vergiss-mein-nicht!((僕を)忘れないで)」という言葉を残して死んだ。残されたベルタはルドルフの墓にその花を供え、彼の最期の言葉を花の名にした。(Wikipediaより)
最近いろんな人が苦しんでるのを見かける。理想と現実との乖離、現実に対する違和感、現実を受け止めることのつらさ。
自分は苦しみから目をそらすのが得意なので、苦しみをまっすぐ受け止めることは少ない。
自分の行動指針は、愛情、誠実さ、優しさといった自分のことを好きでいられるためのもの。いつしかそう決め、その行動指針に従って生きるようになった。
行動指針を決めたのは、迷うからだ。ふたつの選択肢が現れたときに、どっちを選んだらいいのか分からなくなってしまう。
どっちを選んだら愛情深いのか、どっちを選んだら誠実なのか、どっちを選んだら優しいのか、どっちを選んだら自分のことを好きでいられるのか。
自分が自分を好きでいられるのは、自分が自分を好きでいられるような行動を選んできたからだ。
本当は自分だって、苦しい。寂しい。つらい。悲しい。逃げ出したい。
さて、時間もあることだし、自分もたまには昔のように、あえて自分自身の苦しみをまっすぐ受け止めてみることにする。
自分はめんどくさがりやだ。だから、いろんなことを忘れてしまう。人との約束、誠意の見せ方、優しさの見せ方、人の愛し方、愛情の伝え方、自分が必要としているもの、人が感じていること、人への興味、関心、喜び、楽しみ、感謝、感動。あぁ、めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい。
孤独感、猜疑心、焦燥感、違和感、無力感、絶望感。
そんなものに押し潰されそうになっては、必死でこらえてる。前向きであれ、前向きであれって。
心に余裕がないからだ。安らげる時間がないからだ。そんなときに必要なもの。それは休息。何も考えない時間。自由な時間。解き放たれた時間。
このタイミングで休みがあって良かった。ゆっくり休んだらきっとまた、ニュートラルな気持ちに戻れるはず。
ゆっくり。きっと大丈夫。
それが自分の心の中。そんな風にして自己解決しては、また前向きな人間として行動する。愛情、誠実さ、優しさを持った人間として人と接する。
やっぱり苦しみから目をそらすのが得意なんだろうな。