2009/07/27(月)

●いつかあの場所で

17歳の時に友達と作った曲。もう10年前だって。衝撃的だ。

いつかあの場所で
作詞/作曲:友達 編曲/歌:山内良太(17歳)

http://www.edolfzoku.com/itsuka.mp3

2009/07/26(日)

●流される~!!

まぁたまにはニュースでも。

7月7日、Googleが独自OS「Google Chrome OS」の開発を発表した。

 ■Introducing the Google Chrome OS
 http://googleblog.blogspot.com/2009/07/introducing-google-chrome-os.html

 ■Google Chrome OS のご紹介
 http://googlejapan.blogspot.com/2009/07/google-chrome-os.html

去年の9月2日にWebブラウザ「Google Chrome」が公開されるって日記を書いたんだけど(http://mixi.jp/view_diary.pl?id=921661740&owner_id=4023395)、今回もやっぱりオープンソースで開発されるらしく、2010年後半にGoogle Chrome OS搭載ネットブックの市場への投入を目指すらしい。

Microsoftも6月3日に独自の検索エンジン「Bing」を公開したばかり。Microsoft vs Googleが激しくなってきたね。

 ○検索エンジン⇒Bing vs Google
 ○オフィススイート⇒Microsoft Office vs Google Docs
 ○モバイルOS⇒Windows Mobile vs Android
 ○ウェブブラウザ⇒Internet Explorer vs Google Chrome
 ○バーチャル地球儀ソフト⇒Microsoft Virtual Earth vs Google Earth
 ○モデリングソフト⇒trueSpace vs Google SketchUp
 ○PC用OS⇒Windows vs Google Chrome OS

最近、ITの流れがどんどん加速化してきてる。

インターフェイスひとつを取ってみてもそう。個人的にマルチタッチスクリーンはもっともっと遅いかと思ってた。

「Multi-Touch Interaction Research」(http://cs.nyu.edu/~jhan/ftirtouch/)がYoutubeで公開されて話題になったのが2006年。自分も当時、『す、スゴイ!』と感動した。それと同時に、『どんだけ未来の話だよ!』とも思った。

自分は、インターフェイスの流れは、マルチタッチスクリーンよりも前に、V-MOUSEとかのペンマウスがマウスに取ってかわり、筆圧感知機能がついて、タブレットと統合化するもんだと思ってた。マルチタッチスクリーンはそれからだと思ってた。

でも、その予想は見事に外れた。2007年1月9日、アップルがiPhoneを発表したからだ。(iPhone を発表するスティーブ・ジョブス:http://www.youtube.com/watch?v=L0XeQhSnkHg)

正直、『はやっ!』と思った。ちなみに、スティーブ・ジョブスはめちゃめちゃプレゼンがうまい。Apple創始者スティーブ・ジョブス伝説のスピーチ(http://www.youtube.com/watch?v=qQDBaTIjY3s)は一見の価値あり。

ともかく、Windows 7ではマルチタッチスクリーン機能が搭載される。(ゲイツとバルマー、Windows 7を披露 マルチタッチのデモを公開:http://japanese.engadget.com/2008/05/27/windows-7/)

これから先、個人的に気になるキーワードはこれ。Google、Microsoft、Apple、Windows 7、Google Chrome OS、Bing、電子ペーパー、3Dディスプレイ、3Dプリンター、3Dスキャナ、3Dカメラ、立体音響、音楽療法、アクセシブルゲーム、iPS細胞、P2P、分散コンピューティング、MRAM。他にも、好奇心をくすぐられることは沢山ある。自分もそんなに詳しいわけじゃないんだけどね。

2009/07/24(金)

●夜

夜。自分にとってのそれは、「寂しさ」という概念を内包した言葉。

一日が終わる。もうきっと、誰もが寝静まった時間。自分はまだ思考をしずめられずにいる。

明日はうまく生きられるだろうか。何事もなく一日が終わるだろうか。もし、眠れないままに朝を迎えたとして、ちゃんとその日一日を過ごせるだろうか。

強い不安感にかられ、少しずつ、少しずつ、余計に目がさえてくる。


過去、不眠で悩んだことがある。それは高校時代。言い知れぬ不安感から、寝つくことができず、担任に相談した。あの日の疎外感は忘れられない。

「大人なら寝酒って手があるけどなぁ。酒を飲めないお前には難しいな」


それから色んなことを試した。リラックスするためにヨガの呼吸法を学んだり、なるべく快適な空間にするために部屋をいい香りにしてみたり、音楽を聴いてみたり。

これといった効果はなかった。最終的に一番効果があったのは、「諦めること」だった。

「このまま眠れないまま朝を迎えたって、どうってことないや」

本当にそのまま朝を迎えてしまったこともあった。だが、それも予定通り。自分でかけた「どうってことないや」という暗示が効いてか、眠くはあったが意外にどうってことなかった。

開き直ること。それが一番心をしずめた。

今でも不安感から眠れないことは良くある。それでも、寝酒という手段を選ぶことはない。あの日の疎外感が忘れられないからだ。


夜。自分にとってのそれは、「寂しさ」という概念を内包した言葉。

一日が終わる。もうきっと、誰もが寝静まった時間。自分はまだ思考をしずめられずにいる。


追伸
昔、友達に向けて、「前に不眠で悩んでた友達はこんなことを言ってたよ~」という話をしたことがある。あれは恥ずかしさから友達っていう話にしたんだけど、他ならぬ自分自身のことだったんだ。ごめんね。

2009/07/23(木)

●前向きな人

今日、前向きな人に出会った。

その人は仕事のことで苦しんでて、転職まで考えてるんだけど、話をしていく中、「やらされてる訳じゃなくって、自分で選んで自分の意志で仕事をしてるんだもん。1日のほとんどを会社で過ごすのにいやいや働いてたら勿体無いよね。とりあえずは、仕事の中で自分が幸せと思える瞬間を探してみる」と、そう言った。

自分の幸せに基準を置かない限り、やらされてる感は拭えない。色々と考えさせられるなぁ♪

●ぼくの日食

せっかく休みをとったのに、寝過ごす。それがぼくの日食でした。こうして夏休みの1日目が終わった。

2009/07/22(水)

●自信

人は自信を失いやすい生き物。些細なことから傷つき、目標を見失い、自信を無くす。かくいう自分も、良く自信を失いそうになる。ただ、そんな時自分は、自信を失っていないフリをする。自信を失いそうになった原因となる出来事や、自分自身と向き合うのがこわいからだ。落ちていったら、二度と戻ってこれないような気がする。それは、一度どん底まで落ちた経験があるから。あの時は、本当に些細なことで傷つき、些細なことで悩み、弱気になり、くよくよとしていた。もうあんな日々には戻りたくない。だから、平気なフリをする。強いフリをする。自分の弱さと向き合えていないのに、それが強さと言えるだろうか。ただ、賢く生きるすべを身につけただけじゃないか。そう尋ねられたとして、自分には返す言葉がない。

2009/07/19(日)

●おめでとう

昨日は高校時代の同級生の結婚式二次会。みんなで作った自作曲『スタートライン』のDVDを贈り、新郎新婦を喜ばせることができた。みんな良くがんばった。

みんなでひとつの目標に向かって走る時の一体感、そして成し遂げた時の達成感。

2009/07/17(金)

●なつやすみ

最近、なんとなく滑舌が悪い気がする。言いたいことが伝わりきらない。そんな時こそ、早口言葉だ。手始めに「隣の客は良く柿食う客だ」を3回唱えてみる。

隣の客は良く柿食う客だ!
隣の客は良く柿食う客だ!
隣の客は良く柿きゅーか…。

おしいっ! ……むむ? そうだ、夏季休暇を取ろう!!


という思いつきで、夏季休暇。7月22~27日まで。突然決めたってののもあって(あってほしい)、予定は皆無!

なにしよっかなー。

2009/07/16(木)

●ことしの夏

ことしの夏は暑い。

理由は簡単。部屋に体を冷やすためのアイテムがひとつもないからだ。

クーラーのリモコンがなくなり、扇風機のスイッチがめり込み、部屋がサウナと化した。

クーラーや扇風機。それは、今まで当たり前にあると思っていたもの。そうだ。いつもそう。友達が東京に行ってしまいそうになった時も、後輩が倒れた時も、そうだった。今まで当たり前にあると思っていたものが無くなる場面で、いつも強い喪失感を感じる。


今、当たり前にあると思っているもの。それは決して「当たり前」じゃない。クーラーと扇風機の爽やかコンビが教えてくれたこと。それは果てしなく深い。

だから、もういいから。クーラーのリモコンくん。帰っておいで。

2009/07/12(日)

●人を育てるということ

2ヶ月前、自分が教育していた後輩がストレスから倒れた。精神を病んでしまったからだ。

後輩が今の仕事場に来たのは、2007年10月。第一印象は、プライドが高いわりに自信がなく、劣等感の強い人。そしてマイナス思考。雑学に強く、自分の知識や昔の自慢話をまくしたてるようにしゃべるタイプの人。正直、ちょっと苦手なタイプの人間だった。

ただ、自分が教育するという立場もあり、愛情をもって接した。

何もかもが自分とは正反対だった。楽観主義で理想主義でいい加減で自分大好きで人も大好きで常に前向きであろうとするタイプの自分とは、何もかも正反対だった。ただ、一点だけ自分と似ているところがあった。それは、「考え始めたことは最後まで考え通す」という癖だった。

ほどなくして、後輩とふたりで昼ごはんを食べるようになった。昼ごはん中は下らないことから真面目なことまで、色んな話をした。「傘」はもう時代遅れだから何か新しいものを作れないかなどという空想話から、お互いの恋愛観まで色んな話をした。

お互いの性格がいかに正反対か、という話もかなり早い段階からしていた。そんな話をしていくうちに、後輩は、自分に対して憧れを抱くようになっていった。良く「山内さんのようになりたい」と、そう言っていた。

仕事の面では、とにかく効率が悪かった。些細なことで頭を悩ませ、一日中同じ場所で足踏みをしていた。

例えば、テストデータを作る時に、1件のデータを作ればいいところを、なぜか5件のデータを作っていたことがある。話を聞いたところ、「5件あった方が安心するじゃないですか」。それもいったんエクセルにデータの内容を項目ごとに打ち込んでおいてから、もう一度それをデータとして打ち込むなんてことをやるもんだから、一日それにかかりっきりだった。そんなことをして必死で作ったエクセルを保存し忘れて結局1から作り直しになったり。

そういった効率の悪さに遭遇するたび、なぜその手段を取る必要があるのか、もっと楽に確実にできる方法はないのか、改善策を求めた。

必要があれば、こちらから改善策を提案した。そのまま放ったらかしで育てたのでは、使い物にならなかったからだ。それでも自信がなく、作業に迷いがあったからか、なかなか仕事を覚えてはくれなかった。

後輩の仕事を信じたことは、一度もなかった。ミスのない結果が一度もなかったからだ。自分の力で成し遂げられたこともなかった。

きっと悪循環になっていたんだと思う。自信がないから成果が出ない。成果が出ないから自信が持てない。

それから1年半が過ぎ、2009年3月。ある日、約束を平気で破る彼の態度が、他チームとの間で問題になってしまった。それから4月、同じようなことから彼の態度が、会社的にも問題になってしまった。

自分と上司は、誠意をもって仕事をすることの重要性を後輩に教え続けた。それから、5月。彼は倒れた。

つらいのは、後輩が全く自分と連絡を取ろうとしてくれないことだ。メールをしても、電話をしても、何のリアクションもない。一週間が経ってからは、こちらから連絡を取ることを一切しなくなった。自分からの連絡が、きっと後輩を苦しめてしまうだろうと思ったからだ。

それから2ヶ月の間、自分は自分のことを責め続けた。もっと自分に何かできたんじゃないか、自分に責任があったんじゃないか。罪悪感と後悔から、自分を責め続けた。

幸いにも、自分には相談できる友人がいた。友人と話をしながら、少しずつ罪悪感を乗り越え、ようやく真っ直ぐ事実と向き合えるようになった。それが、つい最近のこと。


考えた結果、苦しさの原因は「思いあがり」にあったことが分かった。自分に何とかできたはずとか、自分に責任があったはずなんてのは、単なる思いあがり。

あの時自分はできる限りのことをしたし、当時の自分にあれ以上のことを望んだってどうにもならない。

細かい反省点はいくつかある。もっと後輩からの苦しさのサインに気づいてあげれば良かったとか、もっとゆっくりしたペースで成長を促してやれば良かったとか、もっと上司からの叱責から救ってやれば良かったとか。

でも、それは後悔しても仕方のないこと。これからに活かすしかない。今できることは、今回のことがきっとお互いの未来にとってプラスに働くはずだって、そう信じることだけ。

後輩だって自分のイヤなところと向き合ういいきっかけになったかもしれないし、自分だって人を育てることの難しさを痛感した。結局、今回の事件がプラスだったのかマイナスだったのかは、未来になってみないと分からない。それなら、大切なのはこれから。

都合のいいような解釈をして、現実から目を背けてるように見えるだろうか。まぁ、それはそれで一向に構わない。

自分はたったひとりの弱い人間。そんな何でもかんでもできるわけじゃないんだし。それを認めることからもう一度始めようと思う。

自責の念や後悔、罪悪感にとらわれることなく、前向きに一歩ずつ進んでいくこと。これが今出せる一番納得のいく答え。

今日もまた一歩。明日もまた一歩。